Short Story


魂の木(たまのき)



――その木には伝説があったらしい。

 

若い男女が黄泉の国へと“カケオチ”した場所だ、と。

その木には二人の怨念が宿っており、夜中にはすすり泣く声が聞こえるのだとか。

 

――その木は自殺の名所だった。

 

レイノウリョクシャとかに言わせると、これも怨念の仕業らしい。

僕から言わせてもらうと、駆け落ちした二人と、その木は可哀相だろうな、というコト。

 

――その木が、今はもう、ない。

 

二人は幸せだったのだろうか? それとも不幸せだっただろうか。

僕は後者だと思う。

せっかく黄泉の国へ逃げようとしたのに……、忘れ去られることを望んでいたのに……。

噂話なんてものに縛られ、無理やりに留められる。

 

――その木は不幸だった。それは確実。

 

その木は、さぞ迷惑したことだろう。

自分の近くで生き物が死ぬ。

勝手に自分の枝に縄を括り付けられ、傷付けられる。それも頻繁に。

普通の人間は自分を恐れて近寄らない、しかもきつく縄を縛り付ける。

ときたま変な人間が近づいて来ては酒を振り掛けたりする。

 

――その木が切り倒された。

 

恋人達も、その木も、五百年も経って、やっと解放された。……最悪の形で。

バブル期の大規模な都市開発の産物だった。木は切り倒された。

そこにはビルが建てられたが、もはや、ただの廃ビルになってしまっている。

 

悲しんだだろう、駆け落ちした二人は。その木が不幸な一生を過ごしたことを。

……原因は自分たちではなかったのか。

 

浮かばれなかっただろう、その木は。人間たちに振り回され、平穏な日々を奪われて。

……何でこんな仕打ちを受けなければならないのか。

 

――だからなのだろうか?

 

僕のおじいちゃんがその木から採ってきたという細い枝。

子供の頃、植木鉢の中で寂しげに突き立っていた細い枝。

縁起は悪いけど、それでも、持ってきてもらった細い枝。

今、病院の僕の部屋の窓際で日の光を受けている細い枝。

すぐに枯れるもの、と思われていたこの小さな生命が……

 

――そんなに大きくもない植木鉢の中で、それでも必死に根を張っているのは。

 

もう僕以外の誰も覚えていない伝説。そのなかの登場人物達の願いを、一身に受け。

 

――幸せになって。

――元気に育って。

――私たちの代わりに、ね?

 

彼女はすくすくと育っている。

「ねえ、君は幸せなのかい?」

思わず声を掛けてみたくなる。もちろん返事は返ってこないけど。

 

もう僕以外の誰も覚えていない伝説。そろそろ僕も忘れることにしよう。

いい加減、彼(彼女)らも黄泉の国に帰りたいだろうから。

 

意識が遠のく。看護婦さんの見回りまでは、まだ時間がある。

この、誰もいない病室が僕のカンオケになるだろう。

最後になるけど、もう一度だけ彼女に声を掛けてみよう。それで終わり。

「ねえ、君は幸せなのかい?」

「そういう君の方こそ幸せだったの?」

返ってくるはずのない答えが返ってきた。僕は、少しだけ驚いた。

答えを言う前に意識は失われたけど、もしかしたら、言葉を発していたかもしれない。

 

――『そんなことは考えたこともない。必要が、なかったから』と。

 

ある日、一人の病に冒された少年が生死の境を彷徨った。

医師達の必死の努力の結果、少年は息を吹き返し、病からも回復した。

だが、その少年が心の拠り所としていた木は、いつの間にか消えていたという。

 

――もう少し生きさせてあげる。

君が、幸せか不幸せかが分かるまで。

それが、生者と死者の愛を受けた木の使命。

この私、魂の木の使命です――







第二段目のSSです。前回とは違って、しっとり系(のつもり)です。
Michelle Branch のアルバム「The Spirit Room」からタイトルの着想を得ました。
最初は木に宿る妖精の話を考えてたんですが、いつの間にやらまったく違うものに(泣)……。
まあ、私はこの話書いてて結構気に入りましたが。
それでは、またの機会に。




もどる



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送