Short Story


No.00:The Fool(断章)



設定

『愚者(No.00:The Fool)』

組織を裏切り、自分の部下を引き連れて逃走を図った女。

美人なのだが、人を寄せ付け難い雰囲気を持っている。

武器は鋼糸。間接的にでも、触れることによって血液を操ることができる。

『力』と争って以来、行方が知れない……。


鋼糸(Gleipnir)

『愚者』の操る武器で、使い方によっては様々な効力を発揮する。

普段はレザーコートの中に隠し持っているようだ。


 『力(No.08:Strength / Greed)』

貪欲の名を冠する謎の生物。戦闘能力においては組織の中で最高の存在である。

ひとつの肉体に複数の意思を包括している。

肉体を保有してはいるが、どんな傷でも再生可能(海水中では再生速度が低下)。

その無慈悲さは自然現象に近いものがある。

美と力に異常な執着を示し、その逆には容赦がない。『愚者』に興味を持っている。

組織を裏切った『愚者』を抹殺に向かい、行方不明。


  狼(Fenris)

『力』の最も好む戦闘形態。成人男性とほぼ同じほどの巨躯を誇る。

『愚者』の近衛は殆どがこいつに食い殺された。


組織(Organization / Blood Temple)

名無し(Nothing)という謎の人物を筆頭とする異能者の血族集団。

特に力の強い人物が、タロットカードに対応した称号を与えられる。


 『運命の輪(No.10:Wheel of Fortune)』

組織に属してはいないが、存在が確認され、仮にではあるが称号を与えられた人物。

“神の脳”と呼ばれる情報網を保有し、人間の未来、過去、現在の全てを認識する。

『力』とは旧知の仲。


 『世界(No.21:The World / Master)』

詳細不明。人物なのか、集団なのか、それとも組織そのものを指すのか。


――未来への綱を渡るにも、暴力的、誇示的に、

人を犠牲にしてそれをするもの、また真に自分

の意思からするのではないものがいる。

 

――人生は一道化師によっても運命を左右される

ほどたわいのない無意味なものである。あく

まで超人という意味を教えなくてはならぬ。

 

――あの道化師は、つまりは俗衆の仲間であった。

屍をあつかいながらその価値をあげつらう墓

掘り人や善意に自足している老爺がいる。

 

中央公論社発行:ニーチェ(手塚富雄訳)『ツァラトゥストラはかく語りき』より

 

 

 

一陣の風が黒いレザーコートの裾をはためかせた。熱を持った己の身体が、その刹那だけ冷やされたのを感じる。

後方には断崖絶壁。前方には一匹の――『敵』。

「回答によっては貴女も殺さなくてはなりませんが?」

身の丈ほどもある狼の口から人語が発せられる。人間の頭部を咀嚼している割には明瞭な言葉遣いをするな、と私は壊れた思考回路で考えた。

もっとも、これに常識が通用するか否かは、身を以って知らされている。

周囲に散乱しているのは、かつて仲間だったモノ達の肉片。大気には濃く血の臭いが混じっていて、今にも吐いてしまいそうだ。

それでも、吐くことなど許されない。

もしここで吐いてしまえば、目の前の怪物は即座に私の体を引き千切るだろう。

今私がやるべきことは、意識をはっきりさせるための時間稼ぎだ。

「私が組織に戻ると言ったとして、それでお前達は許すのか? 一度は裏切った者を」

狼の赤い眼を見ながら私は言った。声が多少震えたが、気にすべきことではない。

全身を返り血で濡らしたそいつは、いかにもケモノらしく笑った。

口内の肉片を一息に嚥下し、口元を醜く歪ませながら言う。

「この者達のような雑魚なら許しはしませんが、貴女は強く、そして美しい。むしろ、今回の行動は貴女の持つ『愚者』の称号に相応しいもの――そう僕は思いますね」

「それは光栄だね」

私の皮肉をものともせず、そいつはやけに真剣な声で尋ねてきた。

「……どうです? 僕の仔を孕めば、今まで通り……いえ、今まで以上の待遇を約束しましょう」

『力』の称号を持つ狼、グリードは“美”に異常なまでの執着を見せる。美しい『もの』を無意味に蒐集するこいつは、以前から私に目を付けていたらしい。

こちらとしてはいい迷惑であることを付け加えておこう。

「最初の質問はともかく、その質問の答えはノーだ」きっぱりと私は言った。

「そうですか? それは残念ですね。……では、最初の質問に答えていただきましょう」

稼いだ時間は僅かだったが、その間に自分のするべきことを頭に描いていた。

「Let’s me see.(そうだな)……Answer is(答えは)……」

「Answer ? (答えは?)」グリードが私に詰め寄ってくる。

自分の有利を確信しているのだろう。その動きは隙だらけだ。

「……It’s punishment !(これが、答えだ!)」

両腕から伸ばした鋼糸が奴の全身に絡みつき、突き刺さる。

同時に、周囲に散乱していた血液が刃と化し、グリードへ殺到してゆく。

 

ルギィィィィィィィィィィッ!

 

それが本来の声なのか、耳を劈く高音を発しながら、グリードは文字通り崩れ落ちた。

あとに残ったのは幾多もの肉片のみだ。

「倒した……のか?」

我知らず期待を込めて呟いていたが、その期待はあっさりと打ち砕かれた。

「……驚きましたね。貴女にはそんな能力があったのですか。少し、痛かったですよ」

グリードの憎々しげな声が聞こえ、私は思わず周囲を見回した。

周りに動くものはない。だが、私は得体の知れぬ違和感を覚えた。

「感覚の遮断がもう一瞬遅れていたら、僕でも堪えられなかったですよ」

私は違和感の正体に気が付いた。

細切れにしたグリードの体が、ある一点へ収束している。

肉片はやがて、一人の女性のカタチを取った。

全身に奇妙な紋様を施した、華奢な体つきの女性。

「貴女の勇気に敬意を表して、僕の本当の姿をお見せしました。喜んで下さい、この姿を見るのは組織でも貴女が初めてですよ」

私はもはや声も出なかった。がくりと膝を付き、呆然と目の前の女性を見つめる。

これは一体なんだ? 全身を細切れにしても涼しい顔で立っているこいつは……。

「おや? もう抵抗はしないのですか? では、もう一度聞きましょう。答えは?」

優しげな笑み――それもどこか魔的なものを含んでいる――を浮かべながらグリードは言った。明らかにこちらを弄っている。

「…………………………」

私は沈黙を以って応えた。悔しさのあまり涙が出る。

「それはイエスと受け取って良いのですか?」

そのとき、私の脳裏にある方法が浮かんだ。上手く行けば助かるが、下手をすれば命を落とす。だが、今の私にはもう選択肢は残されていない。

私はここで終わるわけにはいかない。

私は鋼糸でグリードの首を切り落とし、再生する前にそれごと崖を飛び降りた――!

一瞬の浮遊感、そして落下。

海面が徐々に迫っている状況ながら、私の思考はいたって冷静だった。

レザーコートの内に忍ばせてある幾千、幾万もの鋼糸を操り、それを鳥の翼のように広げる。そうして落下の勢いを削ぎながら、なるべく岸壁から離れるように鋼糸の翼を羽ばたかせる。

――グリードは海水の中が唯一絶対の弱点領域、そう聞いたことがある。

 

海面が視界を 埋め尽くす

青く広がる塩水

時の流れは緩やかで、

心臓の鼓動が ひどく、速く感じる

次の瞬間に

自分が生きている可能性は低い

自分がこの後に助かる可能性は

限りなく ゼロに近い

私はこのとき初めて、

己の『愚者』という称号に毒づいた。

 

 

 

グリードは多少なりとも驚いていた。

自分の弱点を知っていたことではない。

この『愚者』という称号を持った女の行動力に、である。

女は、逃亡と攻撃の両方を見事にやってのけた。

あそこでグリードの体を突き落とすだけであったならば、翼を生やすこともできた。

かといって、自分だけが飛び降りたのなら、即座に追撃を掛けられただろう。

そこで、女は最も危険であり、同時に最も確実な方法を選んだのである。

すなわち、グリードの体を束縛し、自分諸とも海水の中に叩き落す。

ただ、女は知らなさ過ぎた。

幾ら海水が弱点といっても、肉体の再生速度が落ちるのみ。

この『力』の称号を持ったモノは、正真正銘の化け物であった。

『力』は思案した。この『愚者』をどうするか。

 

(――喰らうにはもったいないですね。美しすぎます)

(では『保存』しておくか?)

(――いや、足掻き続ける姿こそ、この女の美を引き出すだろう)

(人間に最も近い『人間外』にしては興味深いな――しばらく観察するのも面白そうだ)

(――このようなことをするのは何百年ぶりか)

(我らに時間など関係ない)

(――そう、僕達に時間は関係ありません。そして『愚者』にも)

(彼女に仔を孕ませるのか? 無理だろう)

(――さあ? それは『運命の輪』の決めることですよ)

(組織はどうするのだ? 我らも裏切り者の烙印を押されるぞ)

(――構わないだろう。我らは『世界』のひとつ。そう簡単に死ぬものではない)

(よかろう。では、この女を助けるとしようか)

(――北に港町があります。まずは体を温める場所を探さなければ)






了(以下、紛失)


かなり昔に書いた小説を書き直したのですが、途中から無くなってまして……。
だから、断章。
本当は書き直そうかと思ったけど、これはこれで面白いので放置。
……まあ、書き直したら『ショート』ではなくなるほどの量になりますが。

ところで、読む人を混乱させないよう、今回は設定を付けてみました。
うけるかなぁ……?




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