月奇門

金剛之章

「何となく」生きている少年、黒井夜(くろい よる)。
静かな夜の空気に包まれながら、彼は少女と出会った。

序幕 : 月下、少女

第一幕 : A Day by Today...1

御影之章

ごく普通の社会人、明峰宗司(あけみね そうじ)。
一人の女性と出会ったせいで、彼の人生は一転する。
日常と引き換えに得たものは苦労、金、人生の伴侶 !?

序幕 : 人生転換期

第一幕 : 就職は如何?


空を見上げると、ウンザリするほど太陽が輝いている。……今日も良い天気だ。

一分一秒毎に気温が上がり、蝉の声がそれに相乗作用を及ぼす。……今日も蒸し暑い一日になりそうだ。

最高気温が軽く三十度を超える炎天下の中、公園のベンチに腰掛け、私は就職雑誌を読み漁っていた。残念なことにその成果はない。

コンビニエンス・ストアーで購入した就職雑誌なのだが、あまり役には立ちそうもない。「私は職についていない!」と豪語したようなもので、恥ずかしい思いをした分、踏んだり蹴ったりといった感がある。

脇においてあった缶コーヒーに手を伸ばすが、中身が入っていないことに気づき、舌打ちとともに手を戻した。ついでに雑誌も脇に置く。

「疲れた……」

昼頃からずっとこの調子である。焦っても仕方がないのだが、この就職難の時代、焦らずにはいられない。伯父の家に厄介になっているのだが、うかうかしていると彼の孫にまで世話してもらうことになってしまうかもしれない。いささか大げさな考えだが、あながち的を外しているとは思えなかった。

「日銭を稼ぐだけじゃダメだな。せめてアパートで普通に暮らせるぐらいじゃないと。預金には手をつけたくないし……」

ブツブツとつぶやきながら、私は職業安定所に行こうか悩んだ。はたから見れば変人としか表現できないだろう。悩んでいる当人は至って真剣なのだが。

気分を紛らわせようと思い、胸ポケットから煙草とジッポーライターを取り出す。ジッポーに彫られた双頭の鷹が、幾分か私を哀れんでいるように見えた。

背後からの視線を感じ、私は振り向いた。

フェンスを隔ててその向こう側、電柱にもたれかかるようにして一人の男がこちらを睨んでいた。見知った顔ではないが、私は胸中「またか……」という思いを禁じ得なかった。

ここ二、三日というもの、妙な輩に後をつけられているのだ。

初めのうちはストーカーかと思っていたのだが、どうやら違うようだ。ストーカーはあくまで単独犯である。ところが連中は入れ替わり立ち代り、実に様々な形で私をストーキングしている。

あるときは太った中年男性。あるときは道端の女子高生。あるときはサラリーマン。またあるときは……

数え上げていけばキリがない。つまり、それだけ大量の人員を動員して、私を見張りたい暇な奴がいるのだ。こちらとしては、自分にそれほどに価値があると喜べばいいのか、それとも恐怖を感じていればいいのか、まったく見当が付かない。実害がないので、警察に届けたとしても一蹴されるだけだろう。

まあ、それにしてもおかしな奴らである。惜しげもなく自分の存在を晒し、わざわざこちらに警戒させているのだから。本来ならもっとこそこそやるものだろうに。

もしくは自分たちが見えているはずがないとでも言うのだろうか?私のすぐ後ろ、一メートル程度のところを付いて来た者もいたが、もしそんな考えを持っているのだとしたら、超ド級の馬鹿者だろう。おかしな新興宗教かもしれない。

こういう奴らは無視するに限るのだが、さすがに堪忍袋の緒も切れたようだ。私はつかつかとフェンスの方へ歩いて行き、男に話しかけた。

「どこの誰だかは知りませんが、いい加減にしてくれませんか?これ以上付きまとうようなら、警察に突き出しますが」

自分でもかなりドスの利いていると思う声で言ってやると、男はかなり動揺したようだ。驚いたようにこちらを見つめている。が、そこから逃げ出す様子はない。

「聞いているのか?おい、そこの電柱にもたれかかってこっちを見ている奴!お前だ!」

先程よりも語気を荒げて言った。

もう丁寧な言葉を使うつもりもない。完全に喧嘩腰である。

私の怒気に押されてか、男は何事かを口の中で呟き、その場を立ち去った。

「まったく、最近はおかしな連中が増えたものだ……」

真夏の太陽を見上げながら私は嘆息した。相変わらず暑い季節である。

この暑さの中、私みたいな小市民を追い回しているとは。あの気の狂った連中もご苦労なことである。いずれにせよ、次は即座に警察のお世話になるわけだが。

私が公園を離れようとしたとき、意外な人物と出会った。

「こんにちは、明峰宗司さん。あれからはお変わりなくて?」

「!あ、貴女は……!」

なんと、先日バーで一方的に話しかけ、挙句に私をからかった皇卿子である。相変わらずの美しい容貌に思わず破顔しそうになり、顔と心の両方を引き締めた。

一瞬、今まで私をつけていた怪しい奴らは全てこの女の仕業では……と思ったが、わざわざこんな回りくどいことをする必要性を感じられず、あえなく却下された。

それにしても、まさかこんなところで出会うとは……。

何か用でもあるのだろうか?一見したところ、偶然会ったという感じではない。

私が返答に窮していると、彼女は急に頭を下げた。

「先日は本当にごめんなさい。誤って済むものじゃないけど、反省してるわ」

「き、急に何を!?頭を上げて下さい。私は気にしていませんから」

私は狼狽した。あまりに唐突過ぎて、脳はもはや明確な判断を下せなくなってきている。

ごめんなさい。いいんです。ごめんなさい。いいえ、気にしていませんから。

幾度かこんなやり取りを続け、そのうちに双方とも理性的な話ができるようになるまで、ゆうに半時間を費やした。

「……それで、貴女は私に謝るために声を掛けたわけですか?」

「いいえ、貴方に少し用事があるの」彼女は顔を曇らせた。

「用事、ですか?」

「そうよ。分かっていると思うけど、今日貴方に声を掛けたのは偶然じゃないわ。この数日間、私は貴方を探し回っていたの」

「それは光栄ですね」

「ふざけてるんじゃないの。貴方に話しておかなくてはならないことがあるのよ。……ここで立ち話するのも何だから、ついて来て」

前のこともあり、私は一瞬迷ったが、結局ついて行くことにした。美女の頼みは断らない主義だ。……いや、今さっき作ったのだが。

公園から出ると、そこにはポルシェが停められていた。まさかと思ったが、案の定、卿子はその車に乗り、私に助手席に座るよう指示した。探偵がそんな高級車を乗り回して良いものか疑問に思ったが、平時は普通の乗用車を使っているらしい。用途によって使い分けているのだそうだ。

どうやら、彼女はいわゆるお金持ちという奴のようだ。それなら探偵などしなくても良かろうに。そう考えるのは一小市民でしかない私の嫉妬なのだろうか。

車の中で、彼女は黙ったままであった。おかげでこちらは会話の糸口が見つけられず、黙って景色を眺めていることしかできない。彼女を「観察」するなどというのは論外だ。

こればかりは乗ってみないと分からないが、ポルシェのような高級車にはちょっとした利点がある。周りの車がご親切に道をあけてくれるのだ。そのおかげでスイスイと道を走って行けた。まあ、それだけの話である。

探偵事務所にでも連れて行かれるかと思いきや、ふと気が付けば、私達は高級住宅街――その中でも特にお金持ちの密集する場所――に来ていた。どこの家も普通の住宅よりも二回り以上大きく、しかもそのどれもが視る者に無言の重圧を掛けてくるので、異様な雰囲気をかもし出している。

私はあくまで紳士的に振舞おうと思っていたので、「ウワーオ」と声を上げることはしなかった。現在ご厄介になっている伯父の家が、更なる巨躯を誇るためでもある。

卿子はある家に入り(表札に「皇」と表示されていることからして、おそらく彼女の家なのだろう)、ガレージに車を止めると、私を伴って家の中に入って行った。

彼女は私を居間に通すと、いかにも高級そうな椅子に腰掛け、私にも座るよう促した。

「何か飲み物でも?それともお酒にする?」

「いえ、遠慮しておきます。

それにしても、良いところにお住まいですね。私はてっきり探偵事務所とかいう所に連れて行かれるかと思っていましたが」

彼女は首を振って言った。

「人が来て、話の腰を折られたら嫌でしょう。ここなら人は来ないから」

分からなくもない。取り敢えず頷いて、私は話を切り出した。

「で、話とは何でしょうか」

「その前に見て欲しいものがあるわ」

そう言って、彼女は腕を差し出した。掌には何もない。と、小さな炎がポッと灯された。ライターはおろか、火の付きそうなものは何もない掌の上で。

「何かの手品ですか?」

「言うと思ったわ」

彼女はこめかみに手を当てた。そういう仕草の一つ一つが彼女の美を引き立て……否、そんなことを考えている場合ではないか。

「あなたは魔術とかそういうものを知ってる?」

急に何を言い出すかと思えば、そんなことか。知らないこともない。

「オカルトの話でしょう。一応は知っています」

「これはそういうものの一種よ。普通の人間には分からないでしょうけど、あなたなら分かる筈だわ」

彼女は謎めいた微笑を浮かべた。






第一幕 了



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