刀月奇門
金剛之章
「何となく」生きている少年、黒井夜(くろい よる)。
静かな夜の空気に包まれながら、彼は少女と出会った。
序幕 : 月下、少女
第一幕 : A Day by Today...1
御影之章
ごく普通の社会人、明峰宗司(あけみね そうじ)。
一人の女性と出会ったせいで、彼の人生は一転する。
日常と引き換えに得たものは苦労、金、人生の伴侶
!?
序幕 : 人生転換期
第一幕 : 就職は如何?
何となく、学校をサボった。
何となく、ゲーセンに来た。
何となく、夕日を眺めた。
何となく、路地裏に来た。
何となく、何となく、何となく、何となく、何となく……
気が付けば夜だった。あたりは暗く、遠くから虫の声が聞こえる。
じめじめとして熱気の溢れる真夏の夜。だけど、気分はすこぶる快調。
家へは帰る気がしない。
だって、もったいないじゃないか。
家に帰れば、待っているのは孤独と沈黙と――恐怖。
確かにここも暗くて、寂しいけど、あそこよりは随分マシ。
気持ちのよい静けさ。心地よい虫の声。
全てを受け入れ、決して拒むことのない『夜』という存在が僕は好きだ。
どうでもいい、と『彼女』は呟いた。
どうでもよくない、と僕は呟いた。
あぁ?と聞いてくる彼女。
ん?と聞き返す僕。
電柱越しに、僕たちは向かい合った。
最初に目を引いたのは髪。
暖かくて、優しくて、それでいて激しさを秘めた赤。
次に瞳。
嘘みたいに綺麗な眼球。
濁りがなく、真っ白なガラス玉……。
はぁ、なんて透明な目なんだろう。
彼女の目は、何も映すことができない代わりに、とても澄んだ色をしていた。
綺麗な目だね、と僕は言った。
彼女は少しだけ驚いてから、急に笑い出した。
何がおかしいの?と僕は尋ねた。
そんなことを言ったのはお前が初めてだ、と笑い過ぎたのか、目に涙を浮かべながら彼女は言った。
そんなにおかしいのかなぁ、素直な感想だったんだけど。
あぁ、そうだ。まだおまえの名前を聞いてなかった、と彼女は言った。まだ笑いは止まらないのか、かすかに肩を震わせている。
「夜、黒井夜(くろい よる)」
隠す必要もないので正直に答えた。
――えらく端的な名前だな。
「うん。本物の夜みたいに、みんなを包んであげられるぐらい優しい人間になりますようにって付けたんだって」
――ふぅん。あたしは如月加奈(きさらぎ かな)。名前の意味なんて知らない。
興味もないしね、と付け足す。加奈の笑顔が少し曇った気がした。そんな顔をしてほしくなかったから、それとなく話題を変える。
「君は何でこんなところに来たの?普通の人はこんなところ来ないよ」
――お互い様だろ?
「そうかな?」
――そうだよ。ま、こうといって用があるわけじゃないんだが……。
「うん、分かる。僕も何となくここに来たんだ」
――フム。あれか、運命のお導きというやつ。
本当にそんな気がしたから、頷いた。でも、加奈は呆れたような顔をした。
――笑え。冗談なんだから。
僕たちはいろんな話をした。
僕の両親は事故で死に、今は叔父さんのところにいるということ。
そのおじさんがとても優しい人で、僕のことを実の息子のように可愛がってくれること。
近くの家で飼われている犬が夜になるととてもうるさいこと。
加奈の家は神社で、そこで彼女は巫女をやっているということ。
加奈のお父さんはとても厳格な人で、すごく口うるさいけど、実はすごく優しい人だということ。
僕と彼女の家が案外近いこと。
「へぇ、あの神社って君の家だったんだ」
――あぁ、そうだ。
「今度、遊びに行ってもいい?」
――別にいいが、何もないぞ。
「……君がいる」
――冗談と思っとくよ。
あっという間に時間が過ぎていった。加奈と話すのはとても楽しい。
――そろそろ帰るぞ。
「……うん」
――そんな今生の別れみたいな顔をするな。殴るぞ。
「そだね。じゃあ、また明日」
――おう、じゃあな。
始まりあれば終わりあり、出会いあれば別れあり、その逆も即ち真なり。
誰の言葉だったか、ひどく懐かしいセリフを思い出した。
序章 了
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